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中学1年生ブックトーク「悲しみや不安のとなり」

年に1回、授業時間を使ったブックトークと貸出を行っています。

私が担当したのは、1年生
 
テーマは
「悲しみや不安のとなり」
シナリオ
おはようございます。久しぶりのブックトークですね。
中学校に入ってもう1年の半分すぎちゃったんですね?
毎日ハッピーだといいなと思うけど、辛いことや悲しいことがあるからこそ、より嬉しい、幸せ、っていう気持ちをもてるんじゃないかなあとも思います。
私たちはいろんな感情を持っているけれども、悲しいこととか、不安な気持ちでいっぱいになっちゃうこともあるよね。
でもそんな時にもあなたが幸せになれる世界は広がっているよ、そんなことを感じられる,
それぞれの方法でそこから外に踏み出していった主人公達を描いた作品を少し大人になった皆さんに今日は紹介したいと思います。 テーマは
『悲しみや不安のとなり』
皆さんもニュースで見るでしょう。世界中に戦争状態にある地域、国あります。そこでくらす子ども達ももちろん沢山います。
シエラレオネという国の名前をきいたことありますか?
1990年代シエラレオネは長い内戦の時代でした。そのときに戦災孤児になってしまった少女ミケーラがアメリカでバレリーナになるまでの実話です。本人が10代で自分で書いた自伝ですよ。
拡大機でミケーラの黒鳥の写真アップ
エピローグ・・読む・・この私が、本当に?

ミケーラ・デブリンス『夢へ翔けて』


1995年生まれのミケーラは内戦で両親が死んでしまって、孤児院に入れられます。孤児院の門から外を見ているときに顔に当たった雑誌を掴むとその表紙がバレリーナの写真でした。それが彼女の夢の始まりでした。幸運にも養子縁組により、彼女はアメリカの家庭に引き取られます。彼女の養母は、ミケーラが大事にしていた雑誌の表紙バレリーナの写真をみて、彼女にバレーを習わせます。この本を読むとアメリカで人種差別が日常にあるんだなって感じます。クラシックバレーの世界は特に。2012年、彼女はオランダ国立バレー団という世界でもトップクラスのクラシックバレーのバレー団のオーデションを受けます。合格したときの彼女の気持ち「私の中では、歴史的な重要性を持っていた。〜同じ感覚だ!」P300〜301
彼女は今年21歳です。地球の裏側に辛い状況から頑張って夢を追いかけて今もきっと頑張っているいる少女がいてその子と本を通してつながることができるって、とても勇気をもらえると思います。ミケーラがひろったバレリーナの写真のモデルとなった女性がなんと見つかって連絡を取ることができた、という場面が最後に書かれているのですが、そんな映画のような奇跡があるんですね。
物語の中だけではなくて本物の人生にも思いがけない幸せな巡り会いや出来事が、あるって信じさせてくれる本でした。
ミケーラは国の状況と言う自分ではどうすることもできないことのために両親の死という辛いことにあった少女ですが、肌の色がまだらでそのことも彼女のコンプレックスになっていたときもありました。自分の身体の特徴もどうすることもできないことが多くて辛い状況になりがちです。

私たちは、多くのことを見た目で判断してしまうので、周りの人と違いすぎると、そこに、辛い状況が生まれてしまうことがあります。
次に紹介する本は他の人と見た目が違う男の子の物語
アメリカではNYタイムズベストセラー第一位になったそうですよ。
R・Jパラシオ『ワンダー』ほるぷ出版


主人公のオーガストは生まれつき顔に障害があります。多分想像するよりずっとひどい。だから、会った人にぎょっとされるのが当たり前の日常です。人に会うたびにぎょっとされるってどんな気持ちでしょう。そんな彼が初めて学校へ通うことになりました。
学校に行かせようと決意した母親と、「まるで屠殺場に引かれていく子羊じゃないか」と反対する父親。オーガストのような子が学校にいたら私たちはどう接したらいい?もし自分がオーガストのようだったら、ないことにはできない現実にどう対応したらいいんだろう?物語はオーガスト本人と、彼に関わる学校の子達や家族の視点それぞれで語られ、登場人物達の内面を知るしかけになっています。オーガストに関わる家族や友達それぞれの悩みや戸惑いや感情が、オーガストと関わって起きる問題と向かい合っていくことによって 変化していきます。
差別は駄目だと言う理性では割り切れない感情や複雑な思いや葛藤がオーガストを取り巻くそれぞれの立場で描かれていきます。そしてラストすべてを乗り越えた先にあるみんなの幸せな気持ちに胸がいっぱいになりました。
 作者がこの物語を書こうと思ったのは、実際に出会ったある出来事によるそうです。作者のパラシオ氏が子ども達と出かけた時、頭部の骨格に障害のある少女と出くわしました。その時、3歳だった作者の娘がおびえて泣き出し、パラシオ氏は娘ののったベビーカーを遠ざけました。すると少女の母親は静かに「そろそろ行かなくちゃね」と穏やかに告げ、去っていったそうです。パラシオ氏はその親子が繰り返し経験してきた日々を思い、自分が母親として子ども達にどう教えるべきだったのか、「じろじろ見ちゃ駄目」と教えることが正しいのか、考えた末に出した答えを、その日自分の子どもに教えてあげられなかったことを伝えるために、この物語を書き始めたそうです。
オーガストは学校で無視されたり、意地悪されたり辛い思いをこの物語の中で何度も経験するんだけれど、逃げられない学校という場所で自分に意地悪な矢が次々飛んでくるって 辛いよね

岩瀬成子『きみは知らない方がいい』


学校のいじめの世界に身を置くことの重苦しい世界が描かれています。
主人公の米利は5年生のとき不登校になって、6年生の今やっと学校に通えるようになった少女。
6年生になって転校してきた昼間くんは、正しいことを言い過ぎで、次第にクラスで浮いた存在になっています。
朗読
毒を塗った矢が飛び交うようになってから、わたしは教室の中がそんなことになっていることに気づいたのだった。

はじまりはいつもそんなふうだった。のろしがあがるわけじゃない。

でも一旦はじまってしまうと、毒の矢が放たれるようになるまではすぐなのだ。ばらばらっと数本の矢が同時に飛ぶようになる。矢は同じ標的にむかって飛んでいくのだ。いま、矢は昼間君にむかって放たれているのだった。

腐った汁が足下にたまっていくのがわかっても、だれもそこから逃げられない。だって教室だから。教室にはいなきゃならないのだ。(P66〜68)

今のクラスの状況と彼女が1年前自分が学校に通えなくなったときのこと。米利の目でみた当時と今のクラスの状況の描写が続きます。作者の岩瀬さんは心理描写がすごくうまくて、物語はずっと「私」という一人称で米利の心の中や考えたこと、感じたことだけで周りの様子が語られていって、いつの間にか読んでいると米利に同化してしまうので途中は胸がじくじくと痛みますが、ひたすら自分の心と向き合う米利と一緒に沢山言葉を使って、いじめをいじめとひとくくりにせずに考えて、考えて、考え抜くことで自分の閉じ込められた狭い世界から外に出られそうな、からを破って困難な状況に立ち向かえる強さを持てそうな気持ちに、読み終わるときっと,皆さんもなりますよ。教室が居心地悪いと感じている人とか、学校の教室の話が読みたい人には、おすすめの本
「きみは知らない方がいい」というタイトルになった言葉は、メリがたまたまバスで乗り合わせた昼間くんにどこに行くの?と聞いた時昼間くんがメリにいった言葉です。きみは知らない方がいい、なんて凄い拒絶だよね。でもだからこそ知りたくなる。「私が知らない方がいい場所ってどこ?」メリは昼間くんの後をつけます。
メリは自分の心と徹底的にむきあっって考えることで、自分のからを破ることができたのだけれど、考えるときって言葉をいっぱい使うよね。言葉は人とのコミュニケーションのためだけではなくて、自分の心の悲しみや辛さの解放にも役立ちます。次に紹介する本の主人公も、言葉が彼の悲しみを解放したんじゃないかなあって思いました。
『あの犬が好き』


[ジャック・105教室・ストレッチベリ先生]
ジャックというのは主人公の少年、学校でのはなしですね。
朗読・・詩なんて嫌だという気持ち、書こうとしても全然書けない。頭の中空っぽ、という今。
 先生が読んでくれた詩は、さっぱり解らない。でも短く書けばいいんだね。・・で書いてみる。「問題なのは、青い車。どろだらけでびゅんとはしってきた」
先生がどうやら詩の朗読をしてくれたみたい。「赤い手押し車の」ってやつ。実はこの本には先生が読んでくれた詩が後ろの方にまとめてあって、「赤い手押し車の〜」読んでみますね。
朗読
ジャックはその詩の朗読を聞いて「よくわかんないよ、どういう意味?」なんて書いているんだけれども、なんだ、短く書けばいいんだ、なんて思って。いつのまにか、読んでもらった詩の形を借りて自分の詩を作っていくんですね。

こんな風に、詩のスタイルでずっと書かれていますから、短い時間に読んでしまいます。きっと読み出したら止まらないと思います。どういうことだろう、って何かもどかしい思いに先を読みたくなるからです。ミステリーを読むときの感じに似ています。
途中まで読むと、ジャックがどうしても口に出したくないほどの悲しみを抱えていたんだということが解ります。そのことが解ると、またはじめから読み直したくなりますよ。さっき読んだ「問題なのは、青い車〜」に込められたジャックの気持ちも、きっとみんなもこの本読んだら何か感じるんじゃないかな。そして悲しみの出来事を吐き出した後、喜びにあふれたジャックに出会えます。ぜひこんな体験を皆さんにも味わってもらいたいです。
ふたをした、思い出したくない辛いこと言葉にして言えなかったことを、詩の形で表現する、という方法を知ったことで心が悲しみから解放されていったんだなあって思いました。

自分を表現できるということは、回復する力だったり生きる力になります。その方法は言葉だけではないんですね。次に紹介する本の作者の場合、スポーツがそうだったんじゃないかと思います
小さいときからスポーツが好きで、水泳、陸上、チアリーディングとやりたいことを次々とやってきた女の子が、大学2年生のときに骨肉腫という病気で足を切断しなければ生きられない、という宣告をされます。そんな彼女は自分のことを世界一の「ラッキーガール」だといいます。

『ラッキーガール』


著者の佐藤さんはアテネ、北京、ロンドンのパラリンピックに陸上幅跳びの選手として出場した人で、2020年のオリンピック、パラリンピックの東京大会招致の最終プレゼンを行った人でもあります。
この本は彼女の2004年のアテネパラリンピックの陸上走り幅跳びの日本代表選手に決まるまでが書かれています。
足の痛みで訪れた病院で国立がんセンターで検査を受けるように、といわれ、そこでのお医者さんの説明の中で何度も繰り返される5年後の生存率、という言葉。手術、治療を終えて10ヶ月後に退院しますが、周りは就職活動を始めてる、自分だけ取り残されたような思いに、大学へ行って授業だけ受けてすぐ家へ逃げ帰ってくるような日がすぎていきます。なんとか抜け出したい、と思いついたのがスポーツでした。彼女は歩くだけで精一杯の状態だったのですが、ネットで障害者スポーツを検索して、障碍者スポーツセンター、という所に行くんですね。泳いでみたら、泳げる。それまで自分を覆っていた固い殻を破ったような気持ちになったんだそうです。そこから、いろんな出会いがあって、陸上競技も始めるようになり沢山練習して次々と国内の大会にでるようになり彼女は自分を取り戻していきます。
自分に自信を持てるようになり就職も決まります。そしてその先に、アテネパラリンピックへの出場という夢ができ、夢を叶えるまで。彼女は、ラッキーな出会い、と書いてますが、出会いのための一歩をいつも彼女の方からやっているってこと、読むと解ります。
彼女のように自分はだめだって落ち込んだときに、からを破る強さを持てたら、世界は広がるなあって思いました。

「悲しみや不安のとなり」というテーマで紹介してきましたが、その隣にあるのは(テーマの紙を裏返して)
「どんな時も、幸せは、君のとなりに」
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