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中学3年生ブックトーク「世界を広げる」

中学校で授業時間を使って、ブックトーク後、生徒は本選び、それが学級文庫になる、という活動で、私は3年生のブックトークを担当。今回は7月に1年生に行ったブックトークのテーマと同じで、本を全部変えて行った。

テーマ
「世界を広げる」
シナリオは
今日この時間みなさんが読みたいと思える本が見つかる1時間にできればいいなと思います。
今日のブックトークのテーマは「世界を広げる」
私たちを取り巻く世界について、色んな状況にある人の心について、命についてみなさんが想像力を広げていける様な本を紹介します。

壮大な宇宙の中での命というものを感じさせてくれる、そんな物語があります。

主人公は15歳の少年ゲオルグ。彼は4歳になったばかりの頃、父親と死に別れています。 
今、ゲオルグは母親と、新しい父親とまだ1歳半の小さな妹との4人暮らしです。ある日、祖父母が、死んだ父親が死の直前に書いたゲオルグ宛の手紙がみつかったと言って持ってきます。みなさん想像してみて。そのとき父親はまだ30歳。まだまだ人生があるはずだった。でも死は目の前。4歳の息子が床で遊んでる。このこの成長を見届けることも出来ないし、ちょっと大人になりかけた息子と話し合うことも叶わない。けれどもどうしても未来の息子へ伝えたいことがある、とお父さんは長い手紙を書きかくしたんです。未来の息子に届くことを願って。
この物語は、そんな父の手紙と15歳の息子のその手紙に対するコメントで構成されています。
手紙の始まりは
「あとに残していく〜いまその時がきた」(P23〜24)
このオレンジガールの物語がすごいミステリーで、場面場面の映像が私にはくっきり浮かんだ。読み進むほどに、謎が深まって、どういうことどういうこと?って止まらなくなります。
父はそのとき19歳の医学生。路面電車に乗って、オレンジのいっぱい詰まった紙袋を抱えた若い女性に心魅かれます。その時彼女が青年をしっかりと見つめて微笑むんですね。なぜ?ドキドキする青年。電車が大きく傾いて思わず青年は彼女の腰を腕でぐっと押さえます。そのために彼女の抱えていた30〜40個のオレンジがばらばらとこぼれていきます。あわてて転びながら拾い、全部は拾えないけれどズボンのポケットにもオレンジをつめ両手に抱えてつったった彼に彼女は「おばかさんだこと!」「1こだけ返してもらえる?」そういって一つだけオレンジを取って電車を降りていきました。
そのあとは会いたい会いたいって彼はオレンジガールのことばかり考えるようになります。そしたら、再会するんです。
偶然
学生のたまり場になってるカフェで。しかもあの時と同じにオレンジを淵までいっぱいに詰めた紙袋を膝に乗せた彼女が座っていました。呆然とする彼に彼女は微笑みをむけます。彼はオレンジガールの座っているテーブルに座ります。無言で見つめ合う二人。そのときテーブルの上にのせていた青年の腕に彼女は突然自分の右手をのせます。やがて彼女は席を立ち上がり店を出て行きます。そして彼女の目には涙が浮かんでいました。なぜなんでしょう。それから彼は3度目の再会を求めて彼女がオレンジを買うであろう市場を探し歩きます。その後色んなことが起きるのですがその度に、謎が増えていっちゃうんですね。
オレンジガールは何もの?
色んなことが繋がるラストはすばらしくて、そうだったの?そうだったの?っていう連続です。オレンジガールの物語は宇宙のこと、命のことにつながっていきます。この物語があまりにも面白すぎてすっかりお父さんの大事な質問のこと忘れてました。その質問は、ゲオルグに対して、そして読んでる私に対しても、とてもとても大きな問いでした。
宇宙が作られる150億年も前に私たちの短い命の物語の入り口があって、どこかでほんのちょっと違っただけで私たちは生まれてこなかったかもしれない。今ある私たちの命はそういう命なんだなあって感じます

こんな物語を読むと、一つ一つの命の貴重さを感じますが、それが合わさるとグループ分けが始まってトラブルが起きて、というのが人の社会なんですよね。そんなことに直面する13歳の少年の話。ノンフィクションです

著者のブレディみかこさんはイギリスで保育師をしながらノンフィクションを書いている人でアイルランド出身のダンプ運転手の夫と中学生の息子がいます。この本は、その息子が中学に入ってからの1年半が描かれています。息子は市のランキングでトップクラスのカトリック系の小学校に通っていたのですが、中学校は地元の元底辺校を選びます。学校の生徒達は格差ごちゃ混ぜで、彼にとっては驚き一杯の学校生活が始まります。この本のタイトルは中学校に入ったばかりの息子のノートの落書きを母親が盗み見て、そのままつけたそうです。
彼が出会う違いがあることで起きる様々なトラブルは中々ハードで、多様性による問題に読み手もぶち当たります。
人種差別や経済差別、暴力、アイデンティティの問題、日本にはない教科の「ライフ・スキル教育」(・・政治や社会の問題を批判的に探求する)のことでそこで行われる日本とはだいぶ違う性教育やLGBTQ、災害時などのボランティアについてなど、いろんな問題にぶつかるたびに生まれる息子の疑問と母の考えが述べられていきます。
息子は貧しい地区に住むティムと、ハンガリー移民の親をもつダニエルと親しくなります。ダニエルは差別発言の多い子どもで、ティムのことは貧乏人ってからかってけんかしたりするんだよね。とうとうティムとダニエルは大喧嘩になって、結果人種差別的なことを言ったティムの方が厳しい罰を受けることになりました。そのことに息子は疑問を持ちます
「人種差別は違法だけど、貧乏や恵まれない人は差別しても合法なんておかしくないかな?」
お母さんはなんて応えるでしょう?

その後ダニエルが、クラスの中でいじめられるようになって、エスカレートしていくんですがおかあさんはそれを聞いて
「人間ってよってたかって人をいじめるのがすきだからね」っていったの。
すると息子はこんな風にいいます
「僕は、人間は人をいじめるのが好きなんじゃないと思う・・罰するのが好きなんだ」
私はちょっとドキッとしました。

いろんな背景をもつ人たちと関わって初めて気づいて考えるってことあると思います。きっと皆さんもこれ読んだら読みながら色々考えるんじゃないかなって思うよ。

日本の中学校でも色々困りごとを抱える人は見えづらくてもいるんです。
そんな人たちのことを、私は意識したいって作者の気持ちが感じられるタイトルの物語

他の人にはわかりづらい色々困ったことを抱えた中学2年生の子ども達が主人公です。
本を読むのがとても苦手、少しずつしか読めないひすい、
文字を書くのに時間がかかる上に汚い文字しか書けない心桜(こはる)
女にも男にも分けられたくない理幹(りき)
化学物質過敏症で教室にいられないことをわかってもらえない留美名
など、それぞれの視点で物語は描かれていきます。
本人の努力が足りないんじゃないの?とか、わがままなんじゃない?とか思われがちな、困難さについて、こんなことがあるんだ、とか最近の制度や子どもの権利について知ったり、どうすればいいのかってことを考える切っ掛けになる物語だと思います。

差別を受ける3人の女性を描いた物語で構成の見事さにこちらも読み出したら止まりませんでした。

どんな三人かというと一人はインドのスミタ。インドの階級で最下層の女性で上の階級の人たちのトイレの汲取をする代々受け継がれた仕事をしていて、6歳の娘がいます。
もう一人は、カナダのサラ。法律事務所に努めるトップの座が目前の40歳の有能な弁護士です。
もう一人は、イタリアのジュリア。髪の毛を加工してかつらを作る工場を経営する父を手伝う20歳の娘です。
この住む場所も、暮らし方も全然違う3人の女性の人生が、10ページくらいずつ交互に語られていきます。
スミタは自分の娘には別の人生をおくらせたいと、学校に行かせるため
教師にありったけのお金を渡して登校の許可を勝ち取りました。
ところが、学校から帰った娘ラリータの体にはむちで打たれた傷があって、それは、勉強ではなく、みんなの前で掃除をするように言う先生に抵抗したためにできた傷でした。スミタは村を出て都会で娘を学校に入れようと決意します。
ジュリアの家も大変なことになっています。父親が、事故で意識不明、工場の経営は行き詰まっており倒産寸前の状態だということを知ります。
サラはキャリアのために多くを犠牲にしています。3人の子どもがいますが事務所の駐車場に入る前に、チャイルドシートをトランクに隠し同僚に子持ちなのを思い出させないよう気をつけています。そんなふうにして誰もがうらやむキャリアを築いていたのですが、彼女の体の中には爆発寸前の爆弾があったのです。

この3人の女性達は、それぞれの試練にインド、イタリア、カナダで戦う人生をおくります。
会うこともない彼女達の人生が交互に語られていきますが、どうなるのどうなるのと気になって、読みやめられなくなりますよ。そして最後に見事に髪の毛で結びついていきます。どうリンクしていくんでしょう

きっと皆さんも、いつか厳しい試練に出会うことがあるかもしれません。
次も大きな試練を乗り越えた女性のノンフィクションです
小さいときからスポーツが好きな女の子が、大学2年生のときに骨肉腫という病気で足を切断しなければ生きられない、という宣告をされます。そんな彼女は自分のことを世界一の「ラッキーガール」だといいます。

著者の佐藤さんはアテネ、北京、ロンドンのパラリンピックに陸上幅跳びの選手として出場した人で、2020年のオリンピック、パラリンピックの東京大会招致の最終プレゼンを行った人でもあります。

足を切断する手術、治療を行い10ヶ月後に退院しますが、自分だけ取り残されたような思いに、大学へ行って授業だけ受けてすぐ家へ逃げ帰ってくるような日がすぎていきます。なんとか抜け出したい、と思いついたのがスポーツでした。彼女は歩くだけで精一杯の状態だったのですが、障碍者スポーツセンター、という所に行くんですね。泳いでみたら、泳げる。それまで自分を覆っていた固い殻を破ったような気持ちになったんだそうです。そこから、いろんな出会いがあって、陸上競技も始めるようになり沢山練習して次々と国内の大会にでるようになり彼女は自分を取り戻していきます。
彼女は、ラッキーな出会い、と書いてますが、出会いのための一歩をいつも彼女の方から動いているってこと、読むと解ります。
彼女のように自分はだめだって落ち込んだときに、からを破る強さを持てたら、世界はこんなに広がるんだって思いました。

世界を広げるって云う事は見方を変える、ということにも繋がるんだよね。自分が見たり聞いたりしたことが、もしかしたらちょっと違うかもしれない、そう考えることはとても大事ででも難しいことなのですがそれを簡単に体験させてくれる本です。

例えばこちら
ア国の大統領と日本の首相がパーティでであったのににこりともせず背を向け合ってるわ。やっぱりあの国とは仲良く出来ないな。
写真や動画の情報は信じやすいのだけれど、
実は3秒前ににこやかに挨拶してた。通り過ぎたら普通の表情に戻るって良くあることだよね。

ソウルでみんなマスクしてる。怖い病気がうつるかもとか
他にも動物園から、ワニが逃げた、とか 
めくってみると違う様子が見えてきますよ。

ところでワニは、あんなに怖い顔をしていますが、斜面を滑り降りたりサーフィンをしたりおいかけっこをして遊ぶそうですよ
そんな動物の知性や感情について、たくさんの例を紹介してくれるのが

クマが数を数えられるか 
実験では、多いか少ないかの数の違いは見分けるそうです
数を数えられる動物、この本では色々紹介されています。
からすやオウム、わたしがびっくりしたのは、ひよこ
この本では実験の様子とそれに対して動物がどんな行動を舌かが紹介されているのですが、この実験結果を読むとひよこは数の違いを見分けられるだけではなく、足し算や引き算までできないとそうならないよね、っていう結果。びっくりでした。それから、糞転がし、彼らが転がす方向を決めるのに星空を使ってるってことを確かめる実験、びっくりでした。

地上で最も大きな動物であるゾウ。その社会性も含めてとても魅力的な動物ですが、密猟者によって大量に虐殺されています。その原因に日本が大きく関わっています

著者の三浦さんは新聞社のアフリカ特派員の時わずか5年でモザンビークとタンザニアという二つの国でアフリカ象が5割〜6割も数を減らしているというニュースを知って、アフリカ象の密猟問題の取材に乗り出します
密猟の現場は人はお金のためにここまで残酷なことができるのかとショッキングな状況です。
密猟者達は最新の電子機器で象の群れの位置を正確に把握し群れごと自動小銃の乱射で動けなくした後生きてるうちに象の顔面をチェーンソーで削り取り牙を奪うのだそうです。象の皮は厚くて、死後硬直が始まるとチェーンソーが欠けてしまうからだそうです
アフリカ象の数が現在、1930年代の10%しかいないのに、毎年その1割が殺されている。1日に100頭前後の野生の象達が殺されているんだそうです。このままでは十数年で絶滅するのではと書かれています。取引に使われる象牙はテロリスト達の資金源となり武器となって市民が殺害されます。組織を潤す密猟には、政治家や役人、野生保護団体の職員までもが密接に関わっています。中国という国家の関わりまで迫っていきます。日本では象牙の印鑑が普通に売られていますが、そのむこうでどういうことが起きているのか、沢山の人に知って欲しいなと私は思いました。
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